復調へ向かう、世界のクルーズ業界
クルーズ船が戻ってきていない。CRUISE2022年夏号に掲載した、クルーズの世界の状況を紹介しよう。
「マスクをしていると、明らかに周囲から浮いているような感じがした」、「誰もがマスクせずにクルーズを楽しんでいて、コロナ禍前の世界にタイムスリップしたような気がした」。2022年に入って欧米でのクルーズに参加した日本の業界関係者からは、そんな声が聞こえてきた。
実際、欧米のクルーズの世界はコロナ禍前に戻りつつある。米国疾病予防管理センター(CDC)は3月30日、クルーズ旅行に関する警告をすべて解除した。クルーズ客船で実施している感染症対策が効果的と認められたもので、この時からクルーズ船は陸上の他の施設と同様の扱いとなった。
これに対し、欧米の主要クルーズラインが加盟するクルーズライン国際協会(CLIA)は「CDCの決定を称賛する。パンデミック発生以降、当会加盟船社は乗客、乗組員、寄港地コミュニティーの健康と安全を優先し、他のどの業種と比べても劣らない感染症対策を講じて航海している」と胸を張ってコメントした。
これに伴って、4月以降に多くのフィリピン人らが時に日本を経由し、米国に入国した。乗組員としてクルーズ船に乗船するためだ。ただし各社一斉に運航再開しているというのもあり、乗組員の確保に苦労している船会社も少なくない。というのも、もともとクルーズ船で働いていたが、コロナ禍で別の職に就いてしまった人材がいるためだ。そのためにやむを得ず、1隻あたりの乗船率を下げている船会社もある。
そんななか、CDCは5月にクルーズ船のワクチン接種状況の基準値を、これまで乗客の95パーセントに求めていたものを90パーセントまで引き下げた。日本ほどワクチン接種率が高くない米国だが、この措置は乗客にとって敷居を下げるものになったはずだ。
●欧州も復調、予約も好調、命名式もリアルで
同様の復調傾向は欧州でも見られる。ロイヤル・カリビアン・インターナショナル(RCI)は、最新かつ世界最大の客船「ワンダー・オブ・ザ・シーズ」(23万 6 857トン)をスペインのバルセロナに配船。さらに欧州での初シーズンとなる「オデッセイ・オブ・ザ・シーズ」(16万7704トン)を含む8隻を夏の欧州に配船するとしている。
先々のクルーズに対する予約も好調だ。英国キュナード・ラインは2024年1月にデビューする新造船「クイーン・アン」の処女航海を含む最初のシーズンのコースの販売を開始したが、初日の予約数が過去10年で最多を記録したことを発表した。そのほか長めのワールドクルーズも堅調に予約が入っており、海外ロングクルーズへの要望が高まっている。
予約だけでなく、遅れがちだった新造船の建造も徐々に進んでいる。一時はオンライン中心だった命名式などの行事も、リアルで行われている。5月30日、ホーランド・アメリカ・ラインの新たなフラッグシップ「ロッテルダム」(9万9935トン)の命名式がオランダのロッテルダムで開催された。命名者はオランダのマルグリット王女が務めた。地中海エリアで成長を続けるMSCクルーズは11月13日に「MSCワールドエウローパ」(20万5700トン)の命名式を行うことをアナウンスしている。同社初のLNG燃料船の第1船で、今後も革新的な施設を搭載した同型3隻の就航が続く。ノルウェージャンクルーズラインも10年ぶりの新クラス「ノルウェージャン プリマ」(14万2500トン)の就航が控えている。こちらも以後同型船5隻の就航が予定されている。
こうした命名式の様子を見ていると、参加者のほとんどがマスクをしていないことに気づく。式典だけでなく、クルーズ自体も乗客はマスクをしていない人が大半だ。一時は課せられていたマスク着用義務だが、現在は撤廃され、乗組員だけが着用しているというケースがほとんど。冒頭のコメントのように、その光景はあたかもコロナ禍前にタイムスリップしたかのようだ。
●万全の体制で運航する日本船、海外クルーズへ高まる期待
そう感じるのも、日本ではまだ多くの人が日常的にマスクを着用している状況もあるだろう。日本では国は一定の条件を満たした屋外ではマスク不要の方針を打ち出しているが、日常の光景が変わるほどのインパクトはない。
そんな中でも、日本の海では日本船3隻が運航を続けている。感染症対策は万全で、これまで船内でのクラスターは起きておらず、陽性者数も数えるほどだ。日本人の新型コロナウイルスの感染者数の累計は約886万人(2022年6月1日現在)、人口から換算するとこれまで14人に一人が罹患している計算になる。日本船では一回当たり数百人が乗船できることを考えると、船内での陽性患者の発生率は、陸上に比べるとかなり低い。乗船前のPCR検査によるスクリーニングの効果も大きいだろう。関係者から「クルーズに参加しようという方は、日ごろから健康や感染症対策に留意されているのでは」という声も聞く。
にっぽん丸は2022年12月にモーリシャスプレシャスクルーズ、飛鳥IIは2023年2月にオセアニアグランドクルーズと海外ロングクルーズの予定も控えている。首を長くして待っているファンも多いはずだ。
●外国船の日本発着は日本の水際対策次第
ただ国際クルーズ、いわゆる外国船による日本発着クルーズの再開は、いまだに開始時期が明らかになっていない。その背景には、日本における水際対策がある。政府は6月1日より一日あたりの入国者数の上限を2万人に引き上げると発表した。加えて一部の国や地域からの入国者には入国時の検査などを免除するとした。ただし感染拡大前の2019年の一日あたりの平均はおよそ14万人で、依然として7分の1程度。今後この上限を3万人、4万人……と1万人ずつ増やしていくというが、国際クルーズの再開はその規制緩和のタイミングに左右されそうだ。
加えてクルーズ船ならではの事情もある。大型の外国船ではクルー含め、数千人が一度に入国する。航空機の場合、ボーイング777やA380といった大型の機体でも500人強の乗客乗務員数だ。大型の外国客船に対応する人員確保、体制の確保など課題がある。
●門戸を開くシンガポールとオセアニア2国
こうした「鎖国」感は、中国ではさらに顕著だ。ゼロコロナ政策をとっている中国は、5月いっぱいまで約2カ月にわたるロックダウンを実施。国際クルーズはもとより、海外との往来自体が厳しく制限されている。経済にも大きな影響を与えたが、それはクルーズ業界しかり。コロナ前は中国人を対象とした客船が建造・配船されたが、いまそれらの客船は欧州など別エリアに配船されている。
ただし同じアジアといっても、早々に運航再開したシンガポールは国際クルーズへの門戸を開いている。これまで無寄港のクルーズを続けてきたRCIが6月末よりマレーシアに寄港する国際クルーズを再開すると発表したのだ。「スペクトラム・オブ・ザ・シーズ」(16万9379トン)でのクルーズで、3泊クルーズはペナン、4泊クルーズはペナンとポートクランに寄港する。マレーシア入国に当たっては、ワクチン接種済であることが条件となる。
アジア太平洋地域を見てみると、一時はロックダウンを実施していたオーストラリアが、すでに4月18日から国際クルーズ船の受け入れを始めている。ポナンは秘境と言われる西オーストラリア州キンバリーでのクルーズも再開した。
ニュージーランド政府も国際クルーズ船の入港禁止措置を7月末で解除し、8月1日から受け入れを再開することを発表している。オセアニア旅行のハイシーズンである秋冬に向け、観光客の受け入れを本格化させていく狙いだ。
欧米豪を中心に復調路線のクルーズ業界だが、日本・中国を筆頭にした東アジアは一線を画す。以前のように七つの海を自由に渡れる日は、いつ来るのか。期待しつつ待ちたい。