クルーズ黎明期から大型客船の新時代へ
【クルーズ業界の歴史シリーズ:クルーズ応援談】第2回

クルーズ黎明期から大型客船の新時代へ 【クルーズ業界の歴史シリーズ:クルーズ応援談】第2回
CRUISE STORY
クルーズストーリー
2022.07.26
クルーズの世界の過去、現在、そして未来をひもとく「シリーズ:クルーズ応援談」。
第2回目は、クルーズ産業の黎明期から現代の大型客船の時代に至る軌跡を振り返る。
文=小鳥遊海
世界最大、23万トン超の客船「ワンダー・オブ・ザ・シーズ」。一時客船ビジネスは衰退したが、それがここまでの大型化に至るまでになった

船旅の大ベテランはよくこう言っていた。「客室は窓なんかいらないんだよ。航海中はデッキやラウンジで過ごすのだから、部屋は寝られれば十分。昔の船はシアが見事で格好良かったけど、最近の船はティッシュの箱みたいで不恰好。私なんか朝から晩までちびちびやりながら、海を眺めているだけで十分。船でみんな浮かれすぎだよ」。

 

ちなみに、シアとは船首尾方向に設けられた上甲板の反りのこと。波濤を乗り越えていくための工夫で、かつて横浜にやってきた「クイーン・エリザベス2」を遊覧船から眺めながら「ほれぼれするなあ」と大御所が喜んでいたのを思い出す。

 

そんな辛口の批評に対して「そうですよねぇ。まったくですよねぇ。みんな船旅の楽しみ方がわかっていない素人ですよね」と調子良く合わせていた私だったが、内心は違った。窓、できればベランダがあった方が絶対に良いし、お通夜みたいな船内より賑やかな方がクルーズらしいとずっと思っていた。

現在ドバイに停泊している「クイーン・エリザベス2」。現代の大型客船とはフォルムの違いは明らかだ

 

数カ月後、その大ベテランが何年ぶりかでカリブ海クルーズに行ってきたという。早速みやげ話を聞きに行くと、「部屋にはシャワー、トイレ、テレビ、冷蔵庫はあるし、ソファやミニバーもある。ベランダで海を見ながら、一杯、そしてまた一杯。チューブ状の滑り台を向学のためにやってみたけど、これが結構、興奮する。ショーは大がかりだし、カジノは大にぎわい。最近のクルーズはいいねえ、最高だね」とご満悦。残念ながら美しいシアは確認できなかったそうだが、寝るとき以外も部屋で過ごし、ベランダの恩恵にも十分あずかった様子だった。大ベテランは船の変わりように驚き、私は御大の豹変ぶりに驚いた。

 

ウォータースライダー(滑り台)はいまや、大型客船では一般的な施設だ
大型客船では最新のブロードウェイミュージカルも上演される
最新の大型客船で最も多いのがベランダ付き客室。自室で海を間近に感じられる

戦後も細々と続いた客船の定期航路は、1960年代の航空機時代の到来で衰退の一途をたどった。一方で古い客船を改装・改造して、周遊型の航海にチャレンジする船社が現れたが、船の燃費が悪く、思うように稼げなかった。大西洋の荒波を切り裂き航海してきた定期航路客船は喫水が深く、周遊するにしても寄港できる港は限られた。窓なしの狭い客室が多く、利用者には居心地が悪かった。

 

客船の命運は尽きたと思われたそんな時に現れたのが、4人の「開拓者」だった。1960年代後半にスタン・マクドナルドはプリンセス・クルーズを、クヌート・クロスターはノルウェージャンカリビアンライン(NCL、現ノルウェージャンクルーズライン〈NCL〉の前身)を相次いで創業。続いてエドウィン・ステファンはロイヤル・カリビアン・クルーズ・ライン(RCCL、現ロイヤル・カリビアン・インターナショナル〈RCI〉)を立ち上げた。

 

1972年には、経営パートナーだったクロスターとたもとを分けたテッド・アリソンが、カーニバル・クルーズ・ラインを旗揚げした。彼らはレジャー、エンターテインメントに特化した遊びのためのクルーズを定着させ、今に連なる大衆クルーズ時代を切り開いた。船内のカジノやバーラウンジ、寄港地観光ツアーの充実は、運賃以外の収入増と顧客の満足度アップをもたらした。

 

クヌート・クロスターが始めたノルウェージャンカリビアンラインは現ノルウェージャンクルーズラインとして一大船社になっている。写真は「ノルウェージャン ブリス」のバー&カジノ

その後、クルーズ業界は米国の経済成長と1946年から1964年の間に生まれた団塊世代の強い購買力に支えられ、マーケットは伸び続けた。世界のクルーズ人口は、1990年にほとんどが米国人だけで377万人だったが、2019年には2750万人とピークを迎えた。米国のみならず欧州、オセアニア、アジア、南米へとマーケットは拡大。価格競争で優位に立つために、クルーズ各社は新造船による船隊の拡張と大型化を図った。

 

ビッグ4によるM&A競争も激化した。特にカーニバルの動きは際立った。同社はキュナード・ライン、シーボーンクルーズライン、ホーランド・アメリカ・ライン、プリンセス・クルーズなどをグループ傘下に収め、大型客船による大衆向けクルーズから、小型客船による富裕層向けのラグジュアリー・クルーズまで手掛けるクルーズ界の巨人に成長した。

 

しかしコロナ禍でスタークルーズ、ドリームクルーズ、クリスタル・クルーズを束ねたゲンティン・クルーズ・ラインは倒産した。大手のカーニバル、RCI、NCLも経営的に深刻なダメージを受けている。世界のクルーズ人口は2020年の709万人から2021年は1390万人まで回復したものの、過去最高だった2019年の2750万人に到達するには時間が必要だろう。今後も感染症対策や環境規制などに関わるリスクやコストがのしかかる。

 

一方で、IT、デジタル社会で育ってきた次世代を取り込んでいくための展開も、まったなしの状況だ。離合集散の時代が再び始まるのか。ビッグ3の動向が気になる。

プリンセス・クルーズの客船「ダイヤモンド・プリンセス」。「クイーン・エリザベス」同様、カーニバル・コーポレーション傘下だ
「クイーン・エリザベス」擁すキュナード・ライン。米国カーニバル傘下だが、英国式のサービスを提供し続ける
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