【新刊紹介】読めばクルーズがさらに充実する、
「海とともにある暮らし」を紹介する名著
その背景を知れるドキュメントエッセイ本が出版された。
著者は雑誌CRUISE連載でもおなじみの人気イラストレーター矢田勝美さん。
読めばクルーズ船から見える風景が、少し違って見えるはずだ。
クルーズ船での旅は、時に「海とともにある暮らし」を感じられることがある。岸近くでは漁船とわかる船と出逢うこともあるし、養殖用に張り巡らされた網を洋上から眺められる時間もある。入港シーンでは、岸に沿うように家々が建ち、その軒先に海藻が干されていたりして、どこか懐かしい気持ちになったりもする。船内ではその土地にちなんだ魚介類を使った料理が供されることも。
今回はそんな「海とともにある暮らし」の詳細を伝えるドキュメンタリーエッセイ本を紹介したい。雑誌CRUISEで長年連載をしているクルーズアンバサダー吉田あやこさんの「味なクルーズ 世界食べ歩き」のイラストを担当している、イラストレーター矢田勝美さんの新作著書「いのちをつなぐ海のものがたり―未来に続く、いのちの循環」(ラトルズ刊)だ。
●伊勢湾の漁師の家に生まれたイラストレーター、その暮らしの厳しさと豊かさ
イラストレーターとして活躍する矢田さんだが、実は伊勢湾に面した鈴鹿の漁師町の生まれ。本書ではお父さん、そして後を継いだ弟さんが行う「伊勢湾の漁業」を矢田さんの幼少からの記憶を絡めながら紹介している。伊勢湾といえば鈴鹿市の隣の四日市や鳥羽など、クルーズ客船の寄港地としてもなじみがある地だ。
本書に描かれているのは、海の恵みを育て、そして採る暮らしの厳しさと豊かさ。本書では貝の漁を行う弟さんに同行し、息をのむような漁の現場が詳報されている。
また矢田家では漁のほか、その名も「やだのり」と名付けられた海苔作りも行うが、「海の農業」とも言われる海苔作りの神経を使う作業の連続には、思わず頭が下がる思いがした。クルーズ船の朝食にも定番の海苔だが、本書を読むと一枚一枚ありがたく頂戴しなければという思いになる。
一方で矢田さんが幼少の頃から味わってきた漁師の家ならではの海のごちそうの描写とイラストは、読んでいて思わずよだれが垂れそうだ。
●海という自然に向き合う、漁師たちの「祈り」
加えて興味深いのが、本書で詳しく紹介されている漁師の「祈り」について。詳細はぜひ本書で確認してほしいが、中には身震いするような神秘的なエピソードも紹介されている。
余談だが、日本のクルーズ船の操舵室には神棚が設置されている。外国船では、船内にチャペル(礼拝堂)を設ける客船も少なくない。漁とレジャーという大きな違いはあれど、海という自然と向き合うことは、やはり人間の力を超えたものに向き合うことだと痛感する。
本書は前作「いのちをつなぐ海のものがたり」の続編となる。前作は三重県鈴鹿市制70周年記念「斎藤緑雨文化省」のドキュメント賞を受賞し、文部科学省検定済・高校生の教科書『新編現代の国語』(東京書籍)に2022年より一部採用されている。今作もそれに劣らず名著で、周囲の人はもちろん、子供や孫にも読ませたくなる一作だ。
海と向き合い、海の恵みを育て、採る生産者の方々。そのリアルな姿を美しいイラストや写真とともに知ることで、クルーズ船のダイニングが、そして日々の食卓が、さらにありがたいものに感じられるはずだ。