2000年代、激動のクルーズ業界勢力図
吸収合併し増大したグループ会社とMSCクルーズの台頭
クルーズ業界の歴史シリーズ:クルーズ応援談】第5回
第5回目はレジャークルーズが盛況になる2000年代から現代までの業界勢力図を解説する。
吸収合併して成長してきたグループ会社と、一方の独立系の行方はいかに。
●スタークルーズの栄枯盛衰。日本進出した過去から、2022年には会社清算へ
神戸、博多と韓国・釜山を行き来していたスタークルーズの「スーパースター・トーラス」というクルーズ客船に何度か乗る機会があった。なんたって1泊1万円程度で日数は3泊~4泊。このクルーズは2000年3月から始まり2001年10月には早々と終わってしまったが、衝撃的な日本マーケットへの参入と撤退劇だった。スタークルーズは度々、料金やコースを変更し、販売面で大混乱を招いた。当時、旅行代理店の担当者らはカンカンに怒っていたのを思い出す。その後、日本では韓流ブームが起きた。もう少し緻密な戦略で日本へ乗り込んできてくれていたら、と悔やまれる。
スタークルーズ、ドリームクルーズ、クリスタルクルーズを擁したゲンティン香港が会社清算の申し立てを明らかにしたのは、2022年1月19日のことだった。マレーシアを本拠にカジノを展開するゲンティングループの豊富な資金力を背景に、スタークルーズは1993年に創業、中国、アジアマーケットで頭角を現した。1999年にサンクルーズ、2000年にはカーニバル・コーポレーションとの買収合戦の末、同社は老舗のノルウェージャンクルーズライン(NCL)を手に入れた。カーニバル、ロイヤル・カリビアン、NCLの3強時代にいったん終止符を打ち、史上初めてアジアのクルーズ会社が、世界のリーディング・カンパニーの一角を占めるまでに急成長を遂げた。
以後、スタークルーズはNCLの古い船隊を同社に編入する一方、NCL向けに「フリースタイル・クルージング」(フォーマル不要、テーブル指定なしのダイニング、食事やアクティビティの選択肢を増やした有料サービスの提供など)をコンセプトにした新造船を次々と投入した。2007年、同社はNCLの株式50パーセントを投資ファンドのアポロマネイジメントグループに売却したが、新造船の整備をさらに加速した。
しかし、2011年には新規株式公開を見越してノルウェージャンクルーズラインホールディング(NCLH)が設立された。NCLHは計画どおり2013年に株式を上場するとともに、NCLを完全子会社化した。その後、スタークルーズとアポロは保有していたNCLH株を2018年までにすべて売却、スタークルーズとNCLの関係は完全に解消された。
NCL、オーシャニアクルーズ、リージェントセブンシーズクルーズを傘下に収めたNCLHは、再び世界のリーディングカンパニーのひとつとして復活。
一方でゲンティン香港の勢いも止まらなかった。2015年に日本郵船からクリスタルクルーズを買収、ラグジュアリーマーケットへの進出を果たし、新造船計画にも着手した。並行して高級リバークルーズやエクスペディションクルーズ、富裕層向けの旅客航空事業にも参入した。さらに、同年には中国・アジア向けにドリームクルーズを設立。15万総トン型の新造船2隻を2016年、17年に投入。ゲンティン香港がスタークルーズ、クリスタル・クルーズ、ドリームクルーズの3ブランドを運営管理した。
将来のクルーズ需要の拡大を見込み、ゲンティン香港は造船所の買収にも乗り出した。ロイドヴェルフトの買収(2015年)に続き、2016年ドイツのヴィスマール、ヴァルデミュンデ、シュトラールズントの3つの造船所を手に入れ、MVベルフテン造船グループとして統合した。しかし、造船所はコロナ禍で資金繰りが悪化し、2022年1月10日に倒産。これが引き金となり、ゲンティン香港は瓦解、会社清算へと進んだ。
2000年以降の世界のクルーズ界を俯瞰すると、約30年を疾風のように駆け抜けたゲンティン香港とNCLを軸に勢力図が塗り替えられた観がある。この間、イタリアのMSCクルーズが台頭し、乗客キャパシティーでNCLHを抜き去ったが、売上ベースではカーニバルコーポレーション、ロイヤル・カリビアン・クルーズ・リミテッド、NCLHに次ぐ位置にいる(2021年時点)。クルーズ業界は常にテロや戦争、感染症などの影響にさらされ、その度に離合集散を繰り返してきた。コロナ後、業界地図がどう変っていくかはだれも予測出来ない。
●主戦場のカリブ海を征したカーニバル・ブランド
世界最大のクルーズ会社、カーニバル・コーポレーションは1994年に設立された持株会社で、原点は創業者のテッド・アリソン氏が始めたカーニバル・クルーズ・ライン(1973年設立)にさかのぼる。1989年にプレミアムクラスのホーランド・アメリカ・ライン、ニッチマーケットのウインドスター・クルーズを買収。1992年にラグジュアリークラスのシーボーンを、1997年にイタリアのジェノバを拠点に展開していた欧州最大のクルーズ会社(当時)のコスタクルーズを、1998年には大西洋横断定期船時代からの名門船社、キュナード・ラインなどを買収した。
さらに、2003 年4月、カーニバル・コーポレーションと P&O プリンセス・クルーズは歴史的合併に合意。12のクルーズブランドを傘下に収め、業界ナンバーワンの地位を揺るぎないものにした。この合併でカーニバルはプレミアクラスのプリンセス・クルーズ、英国伝統のP&Oクルーズ、P&Oクルーズ・オーストラリア、ドイツのアイーダ・クルーズ、スワンヘレニック(後にカーニバル傘下から離脱)、オーシャンビレッジ(後にP&Oオーストラリアが吸収)などのクルーズブランドを手中に収め、現在に至っている。
カーニバルは各クルーズラインのマーケティング、営業、予約部門の組織は可能な限り温存し、競争力のある最新鋭の大型クルーズ客船を主戦場のカリブ海や欧州に配船するため、新造船建造に巨額の資本を投入し続けた。2021年時点で9ブランド合わせて98隻、約24万人の乗客キャパシティーを誇る。
ロイヤル・カリビアン・インターナショナル、セレブリティクルーズなどを傘下に収めるロイヤル・カリビアン・グループ(RCG、前ロイヤル・カリビアン・クルーズ・リミテッド/RCCL)は現在、運航船50隻、収容乗客数約12万人で、世界第2位の位置にある(2021年現在)。祖業のロイヤル・カリビアン・クルーズライン(RCCL)は1968年、ノルウェー船社のウィルヘルムセン、スカウゲン、ゴタスラーセンの3社共同出資でスタート。以来、時代、時代を代表する世界最大級の巨大クルーズ客船でマーケットを牽引してきた。
RCLは1988年に7万総トン超の当時世界最大のクルーズ客船、「ソブリン・オブ・ザ・シーズ」をカリブ海に投入。同社はその年、マイアミを拠点に展開していたアドミラル・クルーズを買収(1991年にブランド廃止)。その後、大型シリーズ船を相次いで建造。1999年には13万総トン超級シリーズ船の第1船、「ボイジャー・オブ・ザ・シーズ」が就航、世界最大客船の記録を大きく塗り替えた。他社も巨大客船の建造で追随し、13万総トン以上のクルーズ客船は現在、世界で50隻以上を数える。
同社は客船の巨大化を進める一方、クルーズ会社の大型買収にも乗り出した。1997年にセレブリティクルーズ(ギリシャ系のチャンドリスグループが1988年に創業したブレミアムクラスのクルーズ会社)を買収。グループの組成に伴い、傘下の「ロイヤル・カリビアン・クルーズライン」の名称を「ロイヤル・カリビアン・インターナショナル」へ変更した。持株会社のRCLは2020年7月に「ロイヤル・カリビアン・グループ」に改称している。
2001年、RCLは英国のファーストチョイストラベルと折半出資でアイランド・クルーズを創設、ブラジル、アルゼンチンなど南米マーケットの開拓に乗り出した(その後、英国のTUIトラベルがファーストチョイスを買収。RCLは2008年、アイランド株をTUIに売却した)。続いて2006年、RCLはスペインのプルマントゥールクルーズを買収した(その後、株式の51パーセントをスペインの投資会社へ売却。RCLはグループ内の古い船をプルマンへ順次シフトしたが、コロナ禍の2020年にブルマンは経営破綻し、翌年会社清算へ移行した)。