おかえり!ダイヤモンド・プリンセス
国際クルーズ船の日本受け入れ再開に寄せて

おかえり!ダイヤモンド・プリンセス 国際クルーズ船の日本受け入れ再開に寄せて
CRUISE STORY
クルーズストーリー
2023.03.10
いよいよ3年ぶりに外国客船が日本に帰ってきた。第1船は日本ゆかりのあの船。
そして日本発着クルーズを行う客船の中で先陣をきったのは、ダイヤモンド・プリンセス。
港に華を添える客船たちの久々の来航を祝し、思いを綴った。
写真・文=吉田絵里(CRUISE編集長)
横浜港大黒ふ頭に約3年ぶりに着岸したダイヤモンド・プリンセス。印象的なシーウィッチの船首が目をひく

「クルーズは中止になりました」

 

2020年2月3日の夕方、私はそんな連絡を受けた。翌日から乗る予定だった船は、ダイヤモンド・プリンセス。

 

中止の報を聞いた時には、すでに船内で新型コロナウイルス患者疑いが出ているという報道がなされていた。そしてその後の報道でダイヤモンド・プリンセスの名前を聞くたびに、いてもたってもいられない気分だった。あと1日遅かったら、私も船上の人だったのだ。とても他人事とは思えなかった。

 

あれからもう3年だ。その間、特に1年目はクルーズ業界に携わる多くの人とって、そして私個人にとっても、耐え忍ぶ期間だった。「不要不急の外出を控えて」。政府からそんなメッセージが出されるたび、自分の好きな船旅が、そして自分の好きな仕事が、「不要不急」の烙印をガチャンと押されていくような感覚がした。なんのためにクルーズに携わる仕事をしているんだろうと、虚しくなった夜もある。

 

それでも海外ではクルーズ船が少しずつ動き出し、そして日本でも飛鳥IIやにっぽん丸が運航を再開した。PCR検査を経て久々に乗船した瞬間、「帰ってきたな」とホッとしたのを覚えている。

 

運航を再開したクルーズでは、港が少しずつ遠ざかっていくなか、マスクをした若きクルーたちが、手を振りながら静かに涙を流していた。しばし丘の上の船乗りだった彼らは、ようやく本物の船乗りに戻れたのだ。

 

その後クルーの一人に「久々の仕事はどうですか」とたずねると、「やっぱりお客さまがいてこそ客船ですよ」と笑っていた。そしてその久々とクルーズで私は確信した。「不要不急こそ人生を彩る」と。

 

飛鳥Ⅱが久々に運航再開したときのワンシーン。クルー同士、的確な距離を守っていた。撮影=斉藤美春
CRUISE GALLERY
飛鳥Ⅱが久々に運航再開したときのワンシーン。クルー同士、的確な距離を守っていた。撮影=斉藤美春

●船の世界に存在する、「見えない不思議な力」

 

船にまつわる仕事をしていると、不思議な縁を感じることは少なくない。何か「見えない力」が働いていると思うことが多々あるのだ。

 

3年ぶりに外国客船が日本に戻ってくると聞いた時も、そう感じた。その船が「アマデア」だというのだ。アマデアはかつて初代「飛鳥」として日本近海で活躍していた船。三菱重工長崎造船所で造られた、日本生まれの客船だ。

 

世界には500隻以上のクルーズ客船が存在しているが、その中で日本生まれの客船は決して多くない。マニアの方々なら名前を挙げられるほど、数は限られている。そんな日本生まれの客船が、コロナ明けに真っ先に日本にくるなんて。そこには何か見えない力が働いているように思えてならなかった。

 

日本の港に帰ってきたアマデアは、外観の彩りは変わっているが、その佇まいはやはり飛鳥を彷彿とさせた。クルーズ船の中では小ぶりな3万トンのサイズ感は、日本の港にいてもしっくりくる。

 

元「飛鳥」、もとい「アマデア」は「久々に帰ってまいりました」と里帰りを喜んでいるかのように見えた。

 

現在はドイツを拠点として活躍している客船だけに、降りてくる乗客は背の高いドイツ人とおぼしき方々だったが、皆几帳面にマスクをしているのも印象深かった。

 

きっと船内でお達しがあったのだろう。「日本人はまだ大多数がマスクをしており、下船の際はマスクをするように」と。そうしたお達しは、クルーズ船内であっという間に広まる。船内アナウンスで放送されることもあるし、もしそれを聞き逃しても、どこかの誰かが教えてくれる。クルーズ船内では情報がまわるのが早い。わからないことがあったら、気軽に隣の人に聞ける雰囲気がある。

 

そう、クルーズの旅はコミュニケーションの旅だ。取材では一人で乗船することも多いが、寂しさを感じたことは一度もない。例えば一人でダイニングに行っても、希望すれば一人乗船の乗客が集まる大テーブル、いわば「ぼっちだらけの席」に案内してもらえる。そこでは一人旅という共通項があるせいか、「今日は何をしたの?」と自然に会話が生まれる。

 

たとえ一人で乗船しても、毎日たくさんのおしゃべりが楽しめる……それがクルーズの旅の真骨頂だ。だからこそコミュニケーションが制限されたコロナ禍は、クルーズの世界に大きな痛手だった。

 

それでも、ようやくそんな日々も終わりを迎えよとしている。久々の外国船「アマデア」から乗客が下船してくるのを見て、心底ホッとした。

東京港に寄港した「アマデア」。船内には「飛鳥」のプレートが残されているという
船長と記念品を交換する小池百合子知事。これからのインバウンド政策に、客船の寄港は重要だ

●意義あり!「ダイヤモンド・プリンセス」の呼び方について

 

アマデアが日本に「お里帰り」したのが3月1日。そしてその1週間後、神戸港にやってきたのが、かの「ダイヤモンド・プリンセス」だ。朝6時過ぎに入港した同船は、ポートターミナルで朝日を受けながら輝いていた。「やっぱり大きいなぁ」。初めてクルーズ船を見た時のような感想が思い浮かぶ。

 

余談だが、「ダイヤモンド・プリンセス」をどう呼ぶかは意見が分かれる。意外と多いのが「ダイプリ」という略称で呼ぶ人。気持ちはわからなくはないが、なんだか雑な響きがあって、私自身は好きになれない。

 

クルーズ編集部内では彼女を「ダイヤ」と呼ぶ。もともとの「ダイヤモンド」の意味も含まれているし、何よりリッチな印象だ。さらに彼女と同郷の姉妹船は「サファイア・プリンセス」。ダイヤとサファイアの美人姉妹……そんなイメージもあって「ダイヤ」と呼ぶのが筋だろうと個人的に思っている。

 

ダイヤモンド・プリンセスとサファイア・プリンセスは、アマデアと同じく三菱重工長崎造船所生まれだ。数少ない日本生まれの外国客船が、そろって早々に日本にお里帰りするーーここにもまた何か「見えない力」が働いているように思えてならない。

 

以前、ダイヤモンド・プリンセスでメンテナンスを担当する人に話を聞いたことがある。「この船が日本生まれだと感じることはあるか」と。すると数々の船を乗り継いできた彼はこう答えた。「ちょっとしたことだけど、日々感じる」と。

 

彼がいくつか例をあげてくれた。建て付けがよくて、ドアが閉まらなくなるようなことはないこと。壁紙の柄がキチッと合っていて、つなぎ目がわからないこと。全体的に故障が少ないこと。その話を聞いて、ダイヤとサファイアはやっぱり日本生まれの美人姉妹なのだと、勝手に誇らしく思ったのを覚えている。

朝日を受けながら神戸港に、そして日本に3年ぶりに来航するダイヤモンド・プリンセス
多くの人がダイヤモンド・プリンセスを出迎えた

●ダイヤモンド・プリンセスの真価

 

「ダイヤモンド・プリンセスはいい船だよ」。クルーズ業界にはキャリアの長い、数多くのクルーズ船に乗っている諸先輩方がいるが、皆が口を揃えてそう言う。こういう感想は、自分で乗ってみるまではわからない。

 

その後、実際に乗ってみてわかったことは数多くあった。ダイヤモンド・プリンセスは華やかさと落ち着きの両方を兼ね備えている船だ。食事は日本人の口に合うようにと努めていて、外国船なのにしっかりとした和朝食が食べられる。わざわざ日本人向けに搭載した「泉の湯」なる大浴場があって、日本式の湯船にザブンとつかれる(多くの外国船に「スパ」はあるが、それはたいがい水着着用だ)。サブ・レストランのサバティーニはおいしくてコスパがいい。

 

そんなダイヤモンド・プリンセスの良さを挙げるとキリがない。そしてその良さは、「豪華」や「極上」とは少し違った、「ちょうどよい良さ」だ。思い切り背伸びしなくても楽しめる居心地の良さがある。すでに雑誌クルーズでも何度も使っている表現だが、「日本人に心地良い外国船」というのが一番しっくりくるのだ。

 

コロナ禍でダイヤモンド・プリンセスの名が報道されると、周囲でも話題にのぼったことがあった。クルーズは自分には関係ないと思っている人にとっては、ダイヤモンド・プリンセスという名は記号でしかない。今でも報道では「集団感染が起こった」と枕詞がつく。

 

「でもダイヤモンド・プリンセスはいい船ですよ」。話題の最後に私は必ず、そう付け加えていた。ただし理解してもらえずに、自分の非力さをもどかしく思ったことも多々あったが……。

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