美食のフランス船社ポナンで探検する
日本の深部、知られざる瀬戸内へ

美食のフランス船社ポナンで探検する 日本の深部、知られざる瀬戸内へ
CRUISE STORY
クルーズストーリー
2023.06.29
南極など極地での探検クルーズを数多く行っているフランス船社ポナン。
同社が運航する乗客264人、1万トンの小型船
「ル ソレアル」で瀬戸内海をめぐる船旅に出た。
寄港地の中には、われわれ日本人にもなじみのない地名も。
優雅でありつつも、魂に訴えかけてくるような……
唯一無二の日本発着クルーズの模様をレポートしよう。
写真・文=吉田絵里
左右に陸地が迫り、大迫力だった対馬・浅茅湾航行。ほかにも橋を通過したりと、瀬戸内海クルーズはデッキに出る機会が多い

「旅は荷造りから始まっている」というフレーズが頭によぎる。今回のクルーズは、これまで経験したものと一味も二味も違いそうだ、とも。参加するのは、フランス船社ポナンによる瀬戸内海をめぐる7泊のクルーズだ。

 

ポナンは南極・北極など極地クルーズを数多く行う、探検クルーズの先鋒。乗船する「ル ソレアル」は1万トンと小型で、乗客定員も264人だ。今回も探検船らしく、持ち物のリストの一例に「マリンシューズ」があった。海などで使う、着水用のシューズのことだ。ポナンのクルーズでは、ゾディアック(高性能ゴムボート)を使ってビーチなどに直接上陸する「ウエットランディング」を行うことがある。その際は上陸時に足が濡れるらしいが、果たして瀬戸内海ではどうか……。頭を悩ませつつ荷造りを進めた。

淡いグレーをまとい、スリムな船体に斜めに伸びる2本のファンネルが特徴的なル ソレアル。1万トンの小型ながら、港で特に目をひく
CRUISE GALLERY
淡いグレーをまとい、スリムな船体に斜めに伸びる2本のファンネルが特徴的なル ソレアル。1万トンの小型ながら、港で特に目をひく

■地球に優しく、奥深く

 

「ほかとは一味も二味も違いそう」という予感は、初めて客室に入った時に確信に変わった。客室はゆったりしていて、さわやかなインテリア。「他と違う」と感じたのは、例えばミネラルウォーターだ。ガラスのボトルに入っていて、しかもおしゃれ。ポナンは環境に最大限配慮を行う船社として知られる。だから詰め替え可能なガラスを利用しているのだ。

 

さらに客室には乗客用のギフトとして保温水筒も置かれていた。ペットボトルの消費を避けるため、乗客は寄港地に下りる前にそこに飲料水をくむのだ。その後のクルーズ中、皆が洒落た水筒を抱えて下船する姿は、環境に優しいだけでなく、実に小粋でもあった。

 

客室の水筒は炭酸も持ち運べるもの。ボーダー柄がおしゃれ。隣の箱には消毒用ジェルなどが入っていた

ひとたび船が動き出しても、驚きが続く。その筆頭が、船内レクチャーだ。ポナンでは寄港地での体験をより意義深くするため、寄港前と後にレクチャーを行う。そして初日にいきなりアレックス・カー氏が登壇した。そこでは寄港地の案内だけではなく、現代日本が抱える課題、例えば人口減や、地方の空き家問題についても触れられていた。乗船早々、日本の空き地問題に思いをめぐらすとは……! 英語のレクチャーだったが、フランス人を中心とした乗客は皆、真剣に耳を傾けていた。これこそがポナンのクルーズの真骨頂かもしれない。単に物見遊山だけでない、その奥に潜むストーリーまで知れる面白さがあった。

 

続くレクチャーでは、エクスペディション・リーダーでありポナン日本・韓国支社長も務める伊知地亮氏が登壇、今回なぜこの寄港地を選んだかを語った。かつて多くの文化が船で瀬戸内海を通って、大阪を経て京の都に運ばれてきた。寄港する港はその時代から歴史が紡がれてきた街だ。今航海はそんな古の歴史をたどる、船だからこそできる旅であるという。それはこの旅の目的が明確になる、背筋が伸びるレクチャーだった。

アレックス・カー
日英で多数の著書がある東洋文化研究家で著述家のアレックス・カー氏
このクルーズの仕掛け人であり、今回の寄港地も選定している伊知地亮氏

初日のレクチャーは、このクルーズの起爆剤となった。翌日に寄港した犬島には、「犬島精練所美術館」がある。忘れ去られた広大な産業施設が一大アート拠点として見事に蘇った姿もさることながら、この島のあり方そのものが、今の日本を象徴するようで乗客の心を揺さぶったようだ。現在の住民は約20人。その多くが高齢者で、空き家も目立つ。「あんなにすてきな美術館があって沢山家もあるのに、なぜ人が住まないのか……」。島を歩きながら、ある乗客はそうつぶやいた。

一番最初に寄港した犬島。瀬戸内海に浮かぶ住民約20人の離島には、アートプロジェクトの一環として、かつての精錬所を活用した「犬島精練所美術館」がある。高台から沖合に停泊する「ル ソレアル」が望めた

■江戸時代の船乗りの気分に

 

ちなみに最初の寄港地である犬島では、さっそくゾディアックが登場した。船尾のプラットフォームからゾディアックに乗り移り、風を受けて走る疾走感よ! 手を伸ばせば海に届きそうな距離感が、冒険心をくすぐる。船で旅をしてる実感がいっそう高まるのだ。

 

軍用としても知られる高性能ゴムボード、ゾディアック。安定感抜群で、「探検」気分が盛り上がる
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軍用としても知られる高性能ゴムボード、ゾディアック。安定感抜群で、「探検」気分が盛り上がる

その高揚感が爆発したのが、2日目の午前に寄港した鞆の浦だった。宮崎駿監督の映画『崖の上のポニョ』の舞台と言われるこの街は、江戸時代に潮待ちの港として栄えた。以前にも陸から訪れたことがあったが、今回初めてゾディアックで海からの上陸だ。

 

それは実に稀有な体験だった。鞆の浦のシンボルである常夜燈と雁木が徐々に近づく光景は、まるで自分が江戸時代の船乗りになったかのよう。と同時に、本来は海からこそが表玄関なのだとも思った。その上陸シーンはあまりにドラマチックで、一度船に戻り、再度ゾディアックに乗り、2度目の上陸を「おかわり」したほどだ。

鞆の浦の上陸シーン。古い町並みと常夜燈が徐々に近づいてくる。岸辺にはポナンのナチュラリストらが待機してくれいて心強い
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鞆の浦の上陸シーン。古い町並みと常夜燈が徐々に近づいてくる。岸辺にはポナンのナチュラリストらが待機してくれいて心強い
歴史を刻んだ建物が並ぶ鞆の浦を散策する。こうした家屋はたいてい入口が低く長身の外国人乗客は頭に気を付けながら室内に入っていた
「瀬戸内の養命酒」と言われる保命酒を造っていた鞆の浦の酒蔵では、乗客のためだけに琴の生演奏も行われていた。皆熱心に聞きいる
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