キュナード・ラインのグリルクラスで、
「お気に召すまま」のクルーズライフ
カジュアル化が進むクルーズの世界で、唯一伝統的なサービスを守っている。
それは「等級制」というもので、客室のクラスによって使うダイニングが異なり、またサービスも異なるというもの。
その上位客室であるグリルクラスとは一体どんなサービスなのか。他と何が違うのか。
実際に乗船し、そのサービスを体験してみた。
専用ダイニングやテラスで極上体験
上級クラス「グリルクラス」の愉悦
客室に入るとまず、テーブルの上に置かれたさまざまな封筒が目についた。開いてみると、船長サイン入りのウェルカムメッセージが綴られている。
今回乗船したのは、日本人に最も名の知れた客船「クイーン・エリザベス」のアラスカクルーズだった。しかも滞在したのは「グリルクラス」と呼ばれる上級客室だ。脇には茶色いカバーの分厚いメニューブックが目を引いた。客室でもダイニングと同様のフルコースメニューがいただけるのだ。
傍らには「ご希望があれば、名前入りのレターセットをお作りします」というお手紙も。これがクイーン・エリザベスのグリルクラスかと唸った。
今年で就航183年を迎えるキュナード・ラインは、かつてのオーシャンライナー時代から、伝統的に等級制を守り続けている。泊まる客室によって使うレストランが異なり、またサービスも差別化されている。
だからこそキュナード・ラインの客室クラス、そしてクルーズ料金には幅がある。内側客室は、多くの人が「この値段でクイーン・エリザベスに乗れるの!?」と驚くほどリーズナブルだ。一方でグリルクラスになると、付加価値のある多くのサービスが受けられる。
例えば乗船時。出発港であるバンクーバー港では、クルーズターミナルに直結したホテルに泊まっていた。ホテルをチェックアウトしてスーツケースを預けたら、そのまますぐに乗船口へ。多くの乗客がベンチで待機する中、まだ人気のない船内にさっそうと足を踏み入れられるのも、優先乗船サービスがついたグリルクラスならではだ。
客室ではスパークリング・ワインとチョコレートのサービスが待っている。立派なコーヒーメーカーもあり、フレーバーもさまざま。クローゼットには上等なバスローブとスリッパも備えられている。
客室外では、最上級のクイーンズ・グリル、それに次ぐプリンセス・グリルという専用ダイニングに加え、コンシェルジュが駐在する専用のグリルズ・ラウンジが利用でき、こちらでは夕刻にカナッペのサービスも。さらに見晴らしのいいグリルズ・テラスが利用できるのも、グリルクラスの乗客の特権だ。
食材もメニューも異なるワンランク上のダイニング
ただし正直なところ、乗船前はグリルクラスのイメージが湧いていなかった。専用のダイニングがあるとはいえ、テーブルが毎回固定なのは「クルーズあるある」だし、毎回同じウエイターがつくのも、もちろん珍しいことではない。
ただしグリルクラスのダイニングのメリットは、時間指定がないこと。オープンしている時間の間ならいつ行ってもいいので、クルーズ中のスケジュールが柔軟に立てやすい。
「グリルクラスの魅力とは何か」を考えつつ訪れた専用ダイニングであるプリンセス・グリルは、しっとりと落ち着いた雰囲気に包まれていた。クイーン・エリザベス名物である2層吹き抜けのブリタニア・レストランに比すると、わかりやすい豪華絢爛さはない。ただし英国の老舗食器ブランドであるウエッジウッドのショープレートは小粋で、テーブルに置かれた生花が品よく空間を彩っている。
「この花は今日、出航地のバンクーバーで仕入れたんですよ」とウエイターが教えてくれた。担当してくれたウエイターは、いかにも真面目そうで、丁寧な印象だ。
「ウェルカム、ミズヨシダ」。ウエイターはもちろん、ダイニングのマネージャーも、こちらが名乗る前から名前を知ってくれている。しかも声のトーンは品よく落ち着いていて、グリルクラスのダイニングの雰囲気を壊すことはない。
「私だけ」の食事席にサービス
パーソナル・タッチの口福体験
グリルクラスの日々の料理メニューは、ブリタリア・レストランとはまったく違った。ロブスターなど高級食材もセレクションに並ぶし、プレゼンテーションも繊細だ。通常のメニューのほかに、当日のお昼までにオーダーする特別メニューもある。特別メニューは例えば牛肉のシャトーブリアンや鴨肉のオレンジローストなど。これは単に食材やボリュームがアップグレードするだけではない。ダイニング・マネージャーがカートを転がし、乗客の目の前で仕上げをし、サーブしてくれる。それはちょっとしたショーのようで、食事をさらに楽しく彩るのだ。
さらにはグリルクラスのダイニングには、メニューにはないが、オーダーできる「裏メニュー」もある。そのひとつが、クレープ・シュゼット。クレープにフレッシュなオレンジやレモンのソースを和える、フランスのデザートだ。
クルーズ中盤、この裏メニューを事前に頼んでおいたところ、マネージャーがうやうやしくカートを運んできてくれた。目の前でコンロに火をつけ、フレッシュなオレンジやレモンを絞ったり皮をむいたり。仕上げにはブランデーをかけまわし、火をつけてボッとフランベ。まるでマジックショーのような鮮やかな腕前とともに、柑橘類のさわやかな香りがテーブル付近一帯に広がった。オレンジやレモンの酸味をまとった温かいクレープにバニラアイスを添えて、「さあ、召し上がれ」。カートを運んでから10分間ほどの時間だっただろうか。ひとつのテーブルのために、手間と時間を丁寧にかけたクレープ・シュゼットは、これまでのクルーズの中でも一、二を争う、印象に残るデザートだった。