待ち望まれた人気コラボ!飛鳥Ⅱ×ブルーノート東京
洋上でジャズにたゆたう、上質な大人の週末
ニューヨークの名門ジャズ・クラブ「Blue Note」の姉妹店として1988年にオープンし、国内外で活躍するアーティストのプレイを間近に堪能できる「ブルーノート東京」。その世界観を飛鳥Ⅱで堪能できる人気テーマクルーズ「JAZZ ON ASUKAII with BLUE NOTE TOKYO」は2021年の初開催以降、2022年の催行を経て今回が3回目の運航となる。
これまでの好評を裏付けるように今航は満室。曇が多めの白い空の下、横浜港大さん橋で出港を待つ飛鳥Ⅱをカラフルな満船飾が彩っていた。
筆者がはじめて「ブルーノート東京」を訪れたのは、社会人一年目の頃だ。息遣いまで感じられる距離感のステージ、圧倒的なプレイ。“粋でかっこいい”大人の世界として鮮烈な記憶として残っている。その後は数年に一度訪れているが、あの時の感じた大人に近づけているだろうかと自分を見つめ直す機会にもなっている。
粋でかっこいいあの大人の世界を憧れの飛鳥Ⅱで体験できるのだ。期待に胸を膨らませながら、飛鳥Ⅱへはじめての一歩を踏み出した。


“いつか”ではなく“今”飛鳥Ⅱに乗るという選択
学生時代、叔父夫婦が乗船するというので、初代・飛鳥を横浜へ見送りにきたことがある。船から投げられた色とりどりの紙テープがなびくシーンがひどく感動的だった一方で、物語の外側へと弾かれたような気分も味わい、いつかは自分も物語に登場する人物になれるだろうか、と憧れを募らせて帰路についたことを覚えている。
憧れていた物語の世界へいざ足を踏み入れてみると、乗客層が予想外に若くて驚いた。「ブルーノート東京」の客層と思えば意外ではないのだが、30代後半〜50代を中心に、20〜30代前半と思しきカップルも少なくなかった。
土曜に出航し、月曜の朝に下船するという現役世代にも利用しやすいスケジュールに加え、近年のホテル料金の高騰も後押しし、飛鳥Ⅱには若い乗客の姿が増えているという。確かに、飛鳥Ⅱは決して手頃な価格帯ではないかもしれないが、上質なおもてなしや美食、充実したエンターテインメントがすべて含まれていることを考えると、コストパフォーマンスは高い。記念日やご褒美旅行に選ばれるケースも増えており、“いつか飛鳥に”ではなく、“今こそ飛鳥”という時代が訪れているようだ。
なかでも、今回のように途中寄港せずクルーズそのものを堪能する2泊程度のショートクルーズはとくに人気が高いという。春休み期間中でありながら人込みを感じさせない環境は、心からの“非日常”を求める人々にとって大きな魅力だろう。実際、事前に「満室」と聞いていたものの、船内で混雑を煩わしく感じる瞬間は一度もなかった。
乗船初日、アスカプラザには人だかりができていた。中心にいたのは、ひと際目を引く金色の髪の男性。今回のメインステージを担うエリック・ミヤシロさんだ。「2021年のJAZZ ON ASUKA IIにも参加しました」「先日のライブも素晴らしかったです」「明日の夜を楽しみにしています」と声をかけるファン一人ひとりに、エリックさんは温かく笑顔で応えていた。こういったアーティストとの距離の近さもまた、テーマクルーズならではの魅力のひとつ。二言三言言葉を交わすと、すっと次の人に順番を譲るファンのスマートな立ち振る舞いも、とても印象的だった。




“目の前で生まれる“音楽”を浴びる、贅沢な旅の始まり
客室でひと息つき、避難訓練のためにデッキへ出ると、雨がぱらぱらと舞い始めていた。週の半ばには20度近くまで気温が上がっていたのに前日からぐっと冷え込み、近づいていたはずの春がどこか遠のいたように感じる。身を切るような冷たい風に身をすくめていると、遠くからドラの音が響いてきた。慌てて、セイルアウェイ・パーティーが行われているプロムナードデッキへと向かう。
デッキには、先ほどより強くなった雨が吹き込んでいたが、アスカオーケストラによるパワフルで軽快な演奏が響き、乗客たちは体を揺らしながら、旅の幕開けを楽しんでいた。出航の高揚感に包まれ、音楽に身を委ねているうちに、気づけば船はすでに横浜港から遠くへと進んでいた。
アスカプラザへと戻ると、“サルテーション・デュオ”による演奏が始まっていた。ジャズ初心者にも耳なじみのある曲で構成され、定番曲「Moanin」では、宮本さんがいたずらっぽい笑みを浮かべながらフレーズを投げかけ、それに応えるように川村さんが片眉を上げて切り返すやりとりに観客は沸いた。
それにしても、なんて楽しそうに奏でるのだろう。“今”しか生まれない旋律が、船内にあふれていく。ジャズに浸る、特別な旅がいま始まった。そんな実感が胸に染み渡った。


“音のはしご”と“余白”を丁寧に味わえる船内プログラム
しばし船内を散策し、リドカフェへ。耳に残るスウィングの余韻に浸りながら、飛鳥Ⅱで評判の「ドライカレーバーガー」で小腹を満たす。飛鳥Ⅱ土産としても人気の「ドライカレー」を乗せたハンバーガーは、肉感たっぷりのジューシーなパテにまろやかな辛味のカレーが食欲をそそり、あっという間に完食。
コーヒーを飲みながら、客室に届けられていたアスカデイリーで船内プログラムを確認する。船内各所で終日ジャズライブが楽しめるが、ライブは基本重ならず、同時刻のものは複数回開催され、すべてのライブを網羅できるようになっていた。ライブすべてをコンプリートしても、こうしてティータイムを楽しむ“余白”もしっかり確保できるのは時間設計の妙ゆえだ。どの瞬間も丁寧に味わえる、それも飛鳥Ⅱの魅力だろう。


喝采に包まれた、魂を揺さぶるステージ
空が薄暗くなってきた頃、スペシャルステージが行われるギャラクシーラウンジへ向かった。ほとんどの席はすでに埋まり、期待に満ちた静かなざわめきが会場を包んでいた。
キューバ生まれの世界的ジャズピアニスト、アルフレッド・ロドリゲスさんが登場し、鍵盤に触れた瞬間に空気が一変した。シャンパングラスの底から立ち上がる泡のように透明感のある美しくも繊細な音が連なり、そっと呼吸を止めてしまうような緊張感が漂った。小さな泡は徐々に大きくうねり出し、奔流へと姿を変え、気づけば会場全体が飲み込まれていた。客席に並ぶ肩のシルエットが次第に揺れ始め、それぞれが音楽に没頭していることが伝わってくる。
ステージでは自身のオリジナル曲を超絶技巧で次々と披露。クラシックの緻密さにラテンの熱を帯びた陽気で躍動感がミックスされたサウンドは、力強く情熱的なのにどこか切なく、その抑制と爆発の落差に観客は感情を揺さぶられ続けた。
最後の一音が響き一瞬の静寂の後、割れんばかりの大きな拍手が沸き、スタンディングオベーションで讃えられた。そこには、この時間を提供してくれた飛鳥Ⅱへの感謝も込められているようにも聞こえた。




遊び心とグルーヴ感光る、ジャズのようなディナー
フォーシーズン・ダイニングルームでのディナーは、のっけから驚いてしまった。最初のひと皿となるアミューズは「新玉葱のブランジェ ロックフォールとズワイ蟹」。ロックフォールは羊乳のブルーチーズで、レストランでは決して珍しい食材ではないが、クルーズ船の、しかも日本船の初日のディナーコースのスタートを飾るひと皿としては、冒険的な食材だと感じたからだ。
幅広い世代かつ大人数に提供されるクルーズの食事は、どちらかというと保守的なイメージがある。言わばクラシック音楽のように、馴染みのある安定感のある料理だ。飛鳥Ⅱのメインダイニングは、そんな固定概念を心地よく裏切ってくれた。
ふんわりと甘いタマネギのブランマンジェがなめらかに溶けていく中に、ロックフォールのピリッと刺激ある塩味が響き、独特の香りが余韻を残す。そこに重なる蟹の風味が高貴なアクセントとなり、それぞれの個性が際立ちながらも一体感のあるおいしさとして広がった。「これは、ジャズだ」。そんなことを思う自分にも驚き、笑ってしまう。
もうひと皿、印象に残ったのが「減圧マリネした鰹のフリット」だ。減圧調理により、昆布、トマトジュース、貝の出汁のマリネ液を芯まで染み混ませたカツオを油に通し、香ばしさもプラス。セミドライのような食感のカツオは、噛むほどに旨みがあふれ出す新感覚。
ほうれん草とブロッコリーをベースにした美しいグリーンのソースは、ほのかな清々しい香り。その正体は、穂紫蘇の“軸”だという。通常は捨てられる部分を隠し味として巧みに活かす発想力と、シェフの美学を感じさせるひと皿だった。冒頭から高まった期待に応えてくれる、遊び心あふれる楽しいフルコースだった。


まだまだ終わらない、初日の夜
ディナー後も船内へと繰り出し、クラブ2100ではピアノ・ベース・ドラムの“サルテーション・トリオ”のセッションを、パームコートではSAYAKAさんのバイオリン・ソロと、“音のはしご”を心ゆくまで楽しんだ。
ライブ後には、夜食を求めてリドカフェのアスカバルへ。おでんや夜鳴きそば、生ハムにチーズ、そしてケーキまでバラエティ豊かなラインナップが並ぶ。いずれも控えめなサイズ感で、ついつい手が伸びてしまうのがうれしくも怖い。目移りしつつもお茶漬けをさらりと流し込み、再び足はバー・マリナーズクラブへ。音楽と味覚をはしごする、贅沢な夜が続く。
マリナーズクラブでのお目当ては、JAZZ ON ASUKAII限定のオリジナルカクテルだ。ジャズのコード進行「II-V-I(ツー・ファイブ・ワン)」にちなんで、2:5:1の比率で仕立てられたという3種のカクテルから、春色のノンアルコールをセレクト。シュワシュワと爽やかに弾けるソーダに桜がふわりとやさしく香り、春気分を味わった。
眠りにつく前にもう一杯、アスカクルーズジンを使用したシグネチャーカクテル「ワールドクルーズ」をオーダー。パイナップルの甘みにミントの清々しい香りが加わり、さっぱりと飲みやすい。グラスを傾けながら、音楽の余韻とともにゆるやかに夜が更けていった。


