クルーズポートを歩く
開港から150年あまり、その歩みは欧州など世界への扉という華やかさと、
震災・疫病という苦難からの復興と紆余曲折に満ちている。
そのストーリーをたどる神戸港散歩に出かけよう。
文=カナマルトモヨシ
第4回 神戸港
第一突堤の近くにある京橋。その手前に錨を模した神戸海軍操練所跡碑が建つ。幕末までここは神戸村と呼ばれる寒村に過ぎなかった。
1863年、江戸幕府の軍艦奉行だった勝海舟は幕臣の海防教育施設「海軍操練所」の設立を建白。翌年、坂本龍馬を塾長とする「海軍塾」とともに開設された。しかし同年に勝が軍艦奉行を罷免されると、いずれも閉鎖される。
1868年元日、神戸沖には英米など18隻の外国艦隊が整列。正午、21発の礼砲が六甲の山並みにこだました。神戸海軍操練所があったあたりが「神戸港」として開港した瞬間であった。その後、神戸には外国人居留地ができ、そこから西洋文化が伝わってゆく。
次に神戸ポートターミナルへ行こう。日本最大の客船用ターミナルのある第四突堤が竣工したのは1922年のこと。2年後には神戸港(こうべみなと)駅が開業。日本郵船の欧州航路便に接続する京都・大阪駅発着のボート・トレインが乗り入れを開始する。
1932年、「エンプレス・オブ・ブリテン」が世界一周の途上、神戸に初寄港した。当時最大級の4万トン級客船の来航に、多くの神戸市民が一目その姿を見ようと連日、第四突堤に押しかけた。同船は1936年まで5年連続で神戸に寄港。現在も国内外の世界周航客船が必ず神戸港に立ち寄るが、その系譜は90年前から継承されているのだ。
1963年に神戸ポートタワーが竣工、1981年の神戸ポートアイランド博覧会開催に合わせポートライナーが開通した。やがて、神戸に国産クルーズ客船が続々来航。クルーズポートとして明るい未来が期待された。
しかし、それは突如暗転した。1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生。6000人以上の犠牲者を出した。鉄道や道路といった陸上の交通網は寸断された。これに対し、通勤通学の手段確保のため神戸港内の遊覧船などで他都市への臨時航路が緊急開設される。クルーズ船は支援活動や宿泊施設として活躍した。
同年6月25日、震災後初めて客船が現れた。その名は「カレリア」。ウクライナのオデッサを母港とする同船は、ピースボートの「戦後50年クルーズ」で緊急寄港したのだ。ミナト神戸の復活を告げる白い船の入港を、消防艇の放水や地震の痕跡が生々しい第一突堤での消防演奏隊の演奏で歓迎した。
神戸港は着実に復興。2006年には中突堤旅客ターミナルの供用も開始され、2017年には「クイーン・エリザベス」初の日本発着クルーズの拠点港に選ばれた。
いま、コロナ禍により外国船の汽笛が神戸から途絶えている。しかし、かつてカレリアが入港した第一突堤に神戸ポートミュージアム(KPM)が2021年に開業。昨年から改修工事中の神戸ポートタワーも、来年リニューアルオープンする予定だ。
新しいポートタワーから、国内外の客船が出入りする神戸港を望む。そんな未来は、遠くない。
神戸ポートターミナル
ポートライナー「ポートターミナル駅」降りてすぐ(三宮駅から2駅/約5分、神戸空港駅から6駅/約13分)
中突堤旅客ターミナル
市営地下鉄海岸線「みなと元町駅」から徒歩約9分。JR/阪神「元町駅」西口から徒歩約15分。JR「神戸駅」中央改札口から徒歩約16分。市バス90系統「中突堤」停留所からすぐ。シティー・ループ「中突堤(ポートタワー前)」から徒歩約5分
21世紀に再登場
「兵庫県立兵庫津ミュージアム」
平清盛が大修築し、神戸港のルーツとなった大輪田泊。その跡地に昨年オープンした。兵庫県誕生時に置かれた県庁の建物を復元した「初代県庁館」ではAR(拡張現実)による歴史上の人物との記念撮影なども楽しめる。兵庫津の歩みなどを学べる「ひょうごはじまり館」は今年度下期オープン予定。
希少なクラシックカーも
「神戸ポートミュージアム(KPM)」
昨秋、新港突堤西地区に登場した。2~4階にある「アトア」はアクアリウムとアートが融合した新感覚の都市型水族館。1階のフードホールは神戸ブランド「トゥーストゥース」が選んだ9店からなる「食でつながる次世代フードホール」だ。「ヴォヤージュコウベ」展示のクラシックカーは希少価値が高い。
神戸港に初登場
「御座船 安宅丸(あたけまる)」
江戸幕府の3代将軍・徳川家光の命により造られた巨船「安宅丸」。これをモチーフにして作られた遊覧船が、昨年10月に神戸ベイクルーズに所属し、神戸港遊覧に就航した。温かみのある木をふんだんに使い、幕やのれんを配し、古今東西の様式を曼荼羅のように組み合わせた船内のデザインが特徴的。