客船評論家ダグラス・ワードのクルーズ・ウォッチ
毎回テーマに沿って、分析&解説していきます。今号は「2022年のクルーズニュース」
【今号のテーマ】 2022年のクルーズニュース
──前半期にはどんなニュースが挙げられますか。
ゲンティンクルーズラインの経済破綻とウクライナ危機が話題となりました。前者はコロナ禍で厳しいクルーズ業界の状況を示し、後者は世界的に多くの影響を現在も与えています。
1)ゲンティン香港の事業清算
1月10日、香港を拠点とするゲンティングループ所有の造船所ふたつがドイツで破産申請をしたのが第一報でした。
べルフテンとロイドベルフトの両造船所は2022年に就航予定だった20万トン級の「グローバル ドリーム」の建造を中止。
傘下のドリームクルーズやクリスタルクルーズ、クリスタルリバークルーズは2021年の春以降、新型コロナウイルス感染拡大で運休後に経営が悪化。変異種オミクロン株による感染者も増加し、「ゲンティン ドリーム」は今年2月初めまで、クリスタルクルーズの3隻は4月末まで、リバー船は5月末までの運休が発表されました。しかし1月末に会社清算が決定し2月に米国クリスタルクルーズ社も閉鎖となったのです。
しかしドリームクルーズは「リゾート・ワールド・クルーズ」として5月末に運航再開が発表されました。同社は6月15日からゲンティン ドリームをチャーターし、シンガポール発着の2泊3日無寄港クルーズを開始。6月末にはクリスタルクルーズの2隻は高級な旅行会社として知られる英A&Kトラベル社によって買収されました。昨年デビューした探検船「クリスタル エンデバー」(2万5 000トン)は7月19日、シルバーシー・クルーズ傘下に加わり、改装後2022年の南極シーズンから再デビューの予定です。
2)ウクライナ危機の影響
2月24日から始まったこの戦争は残念なことに長期化しています。前回はバルト海クルーズの航路や寄港地変更を報告しました。現在の問題は石油やガスなどの資源不足による物価上昇です。
客船も同様で、クルーズ料金に変化がみられるのは、決してコロナ禍だけが理由ではないでしょう。ウクライナが生産していた小麦が今年は戦争で収穫量が激減しました。パンの原料になる小麦粉も単純に値上がりするというわけです。
クルー不足も深刻になってきました。運航部員やエンターテイナーとして乗船するウクライナ人男性クルーが兵役についたり、家族のケアで女性クルーが母国に戻るケースも。
また一般のクルーが乗下船で利用する航空機も影響を受けています。飛行制限でロシア上空を飛べず、減便になったり迂回空路を強いられているからです。
──明るいニュースもあったでしょうか。
はい、3つ挙げてみましょう。
1)欧米の客船がほぼ運航再開
2)コロナ規制の多くが撤廃
3)乗船前PCR検査が不要に
すべての国や船社ではありませんが、全般にコロナ禍前に戻りつつあるのは確かです。現在でもクルーズ中に感染者が出て、船内隔離となる例も報告されていますが。やはりワクチン効果は大きいので、多くの客船では乗船時に接種証明を義務にしていますね。
今年注目されたのは、いくつかの船社がノー・フライ・クルーズを増やしたことです。これは空路ではなく陸路で乗船可能なコースを設定、配船したということです。
プリンセス・クルーズは2023年秋から24年春まで計12隻を北米発着にすると発表しました。サンフランシスコなど新しく7港を母港にするコースです。下船港がニューヨークやホノルルでも、北米居住者ならば国内線フライトで帰宅できる利点があります。
欧州ではMSCクルーズやコスタクルーズなどがイタリアやスペインなどから発着する地中海やエーゲ海の定番クルーズを運航しています。英国ではサウサンプトン発着などでキュナード・ラインやノルウェージャンクルーズラインなどが好評です。特に欧州ではコロナ禍の影響で空港が混乱してロストバゲージや遅延が長期的な問題になっているので、電車やタクシーだけで乗船できれば安心です。
またロイヤル・カリビアン・インターナショナルが初めての世界一周クルーズを発表したのもうれしいニュースでした。6月中旬に「セレナーデ・オブ・ザ・シーズ」(約4万8000トン)が2 0 2 3年12月10日から274泊の長い航海に出ます。マイアミ発着ですが、4区間に分かれているので横浜下船や乗船も可能でしょう。
──新造船ニュースはどうですか。
新船社ザ・リッツ・カールトン・ヨットコレクションが建造している「エブリマ」(約2万7000トン)が、いよいよ就航予定です。今年10月15日バルセロナ(スペイン)から就航とのこと。
そして2月には創立182周年を迎えたキュナード社が4隻目の新造船名を発表しました。「クイーン・アン」(約11万3000トン)は2024年1月4日処女航海でリスボンへ。クルーズ業界は今後さらに活気を取り戻すでしょう。
そして今年11月13日には「M SCワールドエウローパ」(20万5000トン)が命名されます。環境に配慮されて建造された超大型船として話題ですね。デビュー地としてカタールの首都ドーハが選ばれたのは、11月20日にワールドカップが開催されるからです。
命名式に合わせ、現在新しいグランドクルーズターミナルが建設の最終段階に入っています。命名式後、本船のほか「MSCプレチオーサ」「MSCオペラ」もホテルシップとしてW杯中に停泊するとのこと。客船がスポーツイベントと合流することは、これから増えるかもしれません。
ダグラス・ワード
Douglas Ward
客船評論家。乗船歴55年。2021年末出版の「リバー・クルージング(欧州&北米版)」(インサイト・ガイド刊)の著者。同社によるオーシャンクルーズ版を現在執筆中で、2023年出版予定。音楽や庭仕事が趣味。刺身とジントニックの愛好者。英国在住。
★2021年末に出版された「リバー・クルージング(欧州&北米版)」(インサイト・ガイド刊、英語版)。インターネット通販のアマゾンなどで購入できます。
http://www.amazon.co.jp