空と海の間に
これまで数多くのクルーズに参加したジャーナリストがつづる、
時に泣けて時に笑えて存分に役に立つ、クルーズ・エッセイ。
【空と海の間に】第8回テーマ: 川で大陸内部を クルーズするという選択肢
Z型になった細い桟橋を、足元に気をつけながら下る。大体は3階建ての船が多く、乗船すると、小さなレセプション・デスクの前でクルーが出迎えてくれる。
もはや15階建て以上というのが海の客船だが、勝手が違うのは“リバークルーズ”だからだ。
私が乗る客船の8割は海のクルーズだが、かなり早い時期にリバークルーズを紹介された。以来、2年に一度ほどリバークルーズに参加してきた。フランスのセーヌ川、ローヌ川、スイスからオランダまで9カ国を流れるライン川、ドイツからウクライナまで約10カ国を流れるドナウ川など、欧州には大小の川がある(水源や支流、合流を加えると私もまだ混乱する)。
基本的には欧州内陸の輸送手段や移動に使われていたが、眺望のよいエリアは何社もの客船が就航している。ワインの名産地や、印象派などの画家ゆかりの地、歴史的建物や古城が間近に見られるなど、川によって体験できることはさまざま。季節によっても、春のライン川(オランダなどから出航)、冬のクリスマスマーケットクルーズ(ライン川やドナウ川)なども人気が高い。どれも7泊ほどのクルーズが多いので、日程を組みやすい。ドナウ川などの長い川は、私の場合、船会社を替えたりして“区間乗り”をしている。
港町のように、川を中心に栄えた街も多いので、昼間は停泊して周辺を散策したり、船が主催するツアーに参加して観光地や景勝地に行ける。ただ、リバークルーズの魅力はそれだけではない。
両岸がブドウ畑や歴史的建造物、緑豊かな景色であることも多いので船上から移りゆく景色をゆっくり眺める時間も醍醐味だ。川の高低差を調整している閘門(ロック)も多く、ロックの通過(低い橋くぐりも)もリバークルーズのハイライトとなる。
屋外デッキでドリンク片手にデッキチェアに座っているだけで、はっと驚くような景色に出会えるのだ。船内イベントや夕食の時間が始まるというのに、あまりに周囲の景色が美しくて、立ち尽くしていたという体験が何度もある。
クルーズというと「揺れる、退屈、高い」という不安を持つ方がいるが、リバークルーズはとにかく揺れない。航行する船の横で、カヌー遊びをしている人もいるし、岸を散歩している人に手を振れば笑顔を返してくれるほど、川と陸が近く、揺れがない。船酔いが心配でクルーズに二の足を踏んでいる人がいたら、リバークルーズから始めるのも一つの方法かもしれない。“退屈”は寄港地観光もあるし、前述のように航行中も見どころが続く。船が小さいので施設には限界があるが、プールやジム、スパなどを擁する船も多いし、就航エリアに応じたアクティビティー(料理教室や文化講座)もある。
クルーズ代金に関しては海と同じく、高級船もあれば、気軽に乗れるカジュアルな船もある。
夜のエンターテインメントは、近隣の人が数人乗り込んできて、その地域の歌や踊りを披露してくれたりする。お酒や食事を含め、クルーズエリアのさまざまなものを船外、船内で堪能できるのがリバークルーズの良さでもある。
私が川のクルーズに魅せられたのはこれらの理由が大きい。海のクルーズでは訪ねられない場所を楽に訪ねられるし、川沿いに暮らす人々の生活も間近に見られる。
それ以上に魅力的なのは、リバークルーズは閘門や橋を通るため、サイズが小さい。ゆえに乗客数も多くても200人以下ほど。取材のために一人で乗っても、毎日顔見知りが増えていく。
レストランやバーも一カ所しかない船も多いのが、「お隣いいですか?」と聞く前に、「ここ空いているわよ」と声をかけてくれる。クルーは欧州系が多く、テキパキと対応してくれるがクルーズ自体がのんびりしているので、全体的に親しみやすい雰囲気だ。
7日間を一緒に過ごすと、乗客もクルーもだいたい顔や名前も分かって、取材で乗船していても最終日は毎回涙目でお別れを言うことになる。今までのリバークルーズを振り返ると乗客やクルー(そして景色)を思い出し、心がじんわりしてくる。
藤原暢子〈ふじわら・のぶこ〉
クルーズ・ジャーナリスト。これまで国内外120隻以上の客船・フェリーで約100カ国をめぐる。長崎市生まれ。4人姉妹の4女ながら、五島列島にある先祖のお墓参り担当。